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日刊ゲンダイさんに取材いただきました!



以下記事全文

波除通りと築地東通りがぶつかる角に店を構え、軒先の電柱広告「伊藤海苔店ここ」が目印。終戦直後から現在の場所で商いをしていて、「昔はド ラ イブスルーのような感覚で立ち寄る板前さんたちが、何百枚単位の海苔の束をササッと買って行ったそうです」。店舗面積1坪強とお世辞にも広い とは言い難く ても、海苔に対する思いはと〜ってもアツイ! 4代目見習い中の伊藤信吾さん(30=写真右)は、こう言います。東京・両国で海苔の卸問屋とし て産声を挙げたのは1926年。昭和元年のことでした。初代の目利きぶりは同業者の間でも一目置かれ、「海苔問屋の伊藤海苔店」といえば誰も が知る存在、 規模も関東で指折りを誇っていたそう。もっとも信吾さんの曽祖父にあたる初代は、信州下諏訪の出身。山間で育ったのに、なぜ海苔屋さんに?「諏 訪は江戸時代から続く海苔行商の歴史があり、海苔と大変ゆかりの深い土地柄。厳冬の中、多くの若者が中山道や甲州街道を通り、品川や大森 の海苔仲買商のも とへ出稼ぎに来ていたそうです。ウチの初代も親戚などを手伝う中で海苔行商を始めたと聞いています。全国区の有名店や場外にある他の店な ど、創業者が諏訪 出身という海苔店は結構あるんですよ」生産者ではなく、あくまで加工業者。海苔業界には特殊な入札の仕組みがあって、問屋は乾海苔と呼ばれる状態の海苔を品定めし、競 争入札で買い付けを行うのだそうです。「焼 きの技術と仕入れの目利きが重要なんです。3代目の父は2代目が早くに亡くなったため、28歳の頃から店を切り盛りしてきた。今も毎日、 市川(千葉県)に ある工場兼本店で焼き海苔機の前で、一枚ずつ手作業で焼き加減を調節してい ます。僕には到底真似のできない職人の技。尊敬してます。なんだか恥ずかし いですけど(苦笑い)」5年ほど前から本格的にこの道に入ったという信吾さん。不動産の営 業やコンサル業で培った経験を 活かし、海苔の目利きの修業をしながら、企画や営業、販売、ブランディング を担っています。看板商品のひとつで、年間2万パック売れるという「有明ごのみ」 (全形20枚1080円) のパッケージは、3代目の似顔絵入り。信吾さんのアイデアです。「社長あっ ての家族あっての伊藤海苔店。お客様には、こんなオヤ ジが作っていますというストーリーを垣間見ていただけたら嬉しい。まだまだ先になるでしょうが、将来は関東全域で認知してもらえるような 海苔店にしたいで す」店頭には丁寧に仕事された海苔が並びます。本紙記者は、お得な「すしはねのり」(全形50枚1620円)と「ぶっかけ海女さんめ し」(30庁僑毅葦漾砲鮃愼。以来、朝食のご飯率がグンと上がりました。だって本当に美味しいんです、海苔。

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http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/160080

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